私たちの筋肉には幾つかの性質や状態があります。「硬い」「柔らかい」という主観的な印象もその一つですし、「肩こり」などの時に用いられる「張っている」というのも状態の一つです。そして反対に「たるんでいる」という状態もあります。
しかし、これらの表現は一般の人にとっては解りやすい、意味の通じやすい表現かもしれませんが、整体施術の専門的分野ではあまり役に立たない表現です。
「硬い」「柔らかい」「張っている」「たるんでいる」というのは文学的な表現であり、私たちセラピストはそれを実務的な表現に翻訳して対処していく必要があります。
さて、技術分野的見方で筋肉を観察し、施術につなげていこうとしますと、「変調が有るか、無いか?」という観点と、「内圧がどうなのか?」という観点が重要になってきます。
筋肉の変調
筋肉の働きの中で重要な役割の一つが、収縮することで骨を動かし、からだを動作させることです。
例えば肘関節で腕を曲げる動作をするとき上腕二頭筋が収縮することで、動作が可能になります。また、同時に(拮抗関係にある)上腕三頭筋は伸びることになりますが、上腕二頭筋の収縮と上腕三頭筋の弛緩伸張が同時に滞りなく行えることで腕を曲げる動作をスムーズに行うことができます。そして反対に、曲げた腕を伸ばす動作では、伸びていた上腕三頭筋が収縮し、それに合わせて縮んでいた上腕二頭筋が弛緩伸張することが必要になってきます。
このように筋肉は収縮して縮み、ゆるんで伸びる(弛緩伸張)性質をもった組織ですが、しばしば収縮したままで弛緩伸張することができなくなってしまったり、あるいは伸びきってしまったゴムのように弛緩したまま収縮することができなくなってしまったりします。このような状態になってしまった筋肉や筋肉の一部を「変調している」「変調がある」と表現しますが、私たちセラピストの作業のほとんどは、この「変調を解消すること」であると言っても過言ではありません。
さて、筋肉の変調には二通りがあります。
収縮したまま弛緩伸張することができない部分や状態を「こわばり」と呼んでいます。こわばっている部分や筋線維は一般的には、硬くなって太くなっています。筋肉内の水分(血液も含む)は滞ったまま流れが悪く緊張した状態です。東洋医学的表現を使えば「実証」であり、邪気が充実した状態、つまり老廃物や不要なエネルギーが溜まっている状態です。
そして「こわばり」状態とは反対に、伸びきってしまい縮むことのできなくなってしまったゴムやバネのような状態の部分や筋肉を「ゆるみ過ぎ」あるいは「ゆるんだ」状態と呼びます。触るとヘニョッとして中抜けしたような状態に感じます。筋線維は収縮することができませんので、力が抜けたような状態になってしまいます。東洋医学的表現では「虚証」であり、エネルギー不足の状態です。
ところで、私たちのからだの中心は生物学的な観点で、骨盤(仙骨・尾骨)になります。このことについての詳細は別に取り上げますが、その一つの証しとして、体幹の筋肉は収縮すると骨盤に向かい、四肢の筋肉は収縮すると体幹に向かうという性質があります。
上図を例に説明しますと、肘を伸ばした状態から曲げていった時に上腕二頭筋は収縮し上腕三頭筋は弛緩伸張しますが、上腕二頭筋上にできる「力こぶ」は肘の角度が深まるにつれ肩の方(体幹)に近づきます。
反対に、曲げた状態から肘を伸ばしていくときには上腕三頭筋が収縮しますが、肘が伸びきった状態では肩の近くの上腕三頭筋が太くなります(それは上腕三頭筋の力こぶ)。そして同時に上腕二頭筋の肩近くの力こぶはなくなり、肘近辺がなんとなく太くなります。これは、上腕二頭筋を伸ばしたことによって力こぶが体幹から離れていくことを意味しています。
この現象は筋肉の変調にもあてはまります。つまり「こわばりの変調」状態の筋肉や筋肉の部分は筋線維が骨盤や体幹に近づく方向に向かっていますし、「ゆるみ過ぎ」状態の筋肉や筋肉の部分は骨盤や体幹から離れる方向に向かっています。
そして、この筋線維が向かう方向は、触ったときに「筋線維が滑る」という感じで感じ取り観察することができます。
但し、技術的にある程度熟練して、感覚が鋭くなりませんと変調を正確にとらえることはできません。正確に筋肉の変調を捉える作業は、この整体療法を学ぶ初期の段階での最も難関な試練かもしれません。
筋肉の内圧
筋肉に、上記のような“こわばり”や“ゆるみ過ぎ”の変調は顕著に認められないものの、内圧が高くなっていて筋肉がパンパンに硬くなっていることがあります。肩こりの部分、むくみの激しいふくらはぎなどが自覚症状的に目立つところかもしれません。
この状態は、筋肉あるいは筋膜内部の水分が一杯になっている状況です。通常は筋肉を動かすことで内部の水分は流れるのですが、すっかり滞ってしまって水分が出て行ってくれない状況です。
肩こりの場合は、揉みほぐすことで強制的に内部の水分を流して出してことで対処することができますが、こわばりの変調が絡んでいることもあります。
ふくらはぎのむくみなどは、筋肉の起始部や停止部近くにゆるみ過ぎの変調があったり、骨格がずれていて血流が悪いことが原因であったりします。
筋肉の4つの状態
以上を総合しますと、筋肉には良い状態も含めて以下の図のように4つの状態があります。そして臨床的対応で注意しなければならないことは、同じ一つの筋肉の中にこのような状態が混在していることです。
例えば、その筋肉はこわばっているかゆるみ過ぎているかのどちらか一方ではなく、こわばってもいるし、ゆるみ過ぎてもいるという状態にあることもあります。あるいは、同じ筋肉の中にこわばっている部分とゆるみ過ぎている部分が複数存在していることもあります。そして、こちらの方が一般的です。まったく変調のない筋肉など、実際にはほとんどありません。
ですから実際の臨床では、痛みや不具合に直接関係する変調を解消しながら、全体としてバランスの取れた状態、あるいは変調が頑固ではない状態におさめることが求められます。
骨格の歪みと筋肉の変調の関係
筋肉は骨と骨の間にありますので、骨格を足場として自分自身を伸縮させています。筋肉が収縮しますと骨と骨の間は近づきますし、筋肉が弛緩伸張しますと骨と骨の間は遠ざかります。
これを筋肉の変調に当てはめて考えますと、筋肉がこわばっている状態では骨と骨は近づきますので、関節は窮屈になるように歪みます。筋肉がゆるみ過ぎの状態にあるとき、骨と骨の間は離れますので関節はグラグラと不安定になります。
では反対に、骨と骨の関係から筋肉の状態を考えてみます。
骨と骨の間が本来の状態より離れてしまったとします。すると筋肉には引っ張られるような力が掛かりますので、筋肉はその力に負けないように対抗しますので自身を収縮させるように変調を起こします。これを筋肉の緊張状態と表現してもよいと思いますが、筋肉は「こわばり」の変調状態になります。
ストレッチ運動をして筋肉が限界近くまで伸びたときに痛みを感じますが、それは骨と骨の距離が拡がり筋肉が耐えられる範囲を超えそうになったので、こわばって対抗するようになったということです。痛みは合図であり、それを無視して更に骨と骨の間を拡げようとしますと、筋線維は損傷する可能性があります。
骨と骨の間が本来の状態よりも近づいた場合は、間にある筋肉はたるんでしまいます。
たとえば、電柱と電柱の間には適度な張り感で電線が張ってありますが、もし地震などの影響で電柱が傾き電柱間の距離が短くなりますと、電線はぶらりとたるんでしまいますが、同じようなことが骨格と筋肉の関係でも起こります。そしてたるんでしまった筋肉は本来の能力を発揮することができなくなって収縮力が乏しくなります。これは筋肉が“ゆるみ過ぎ”た変調状態を招く原因の一つですが、実際にはとても頻繁に見られます。
骨と骨の間が拡がって距離が離れる、あるいは間が狭まって距離が短くなり骨同士が近づく、というのは実際のからだにおいてイメージしづらいかもしれません。しかし、関節では頻繁に骨格が歪んだり捻れたりします。
例えば膝関節では、太股の外側にあります外側広筋、腸脛靱帯、大腿二頭筋はすべて下腿(膝下)の脛骨外側部と腓骨に停止していますので、これらの筋肉や靱帯がこわばりますと下腿を外側上方に引っ張るように捻れ(外旋)させます。そうしますと下腿内側に停止している鵞足の筋肉や内側広筋は、下腿が外旋して停止部が本来よりも遠ざかることになりますので、こわばります。何故なら、本来よりも骨と骨の間が離れた状態になったからです。(膝の内側に痛みを感じやすくなります。)
では同じ下腿の外旋でも、原因が鵞足の筋肉のゆるみ過ぎによる場合はどうでしょう?
下腿外側部に停止している外側広筋、腸脛靱帯、大腿二頭筋は停止部が起始部に近づくことになりますので、少したるんでしまいます。ですから、ゆるみ過ぎの変調状態となってしまいます。
そして、実際、このようなことはとてもたくさん起こっています。
この整体療法を学びはじめた頃は、ここで説明しています筋肉の変調と骨格との関係がなかなか頭に入らず苦労します。どっちがどっちだったか、頭の中が混乱するかもしれませんが、思考回路が出来上がってしまえば、すんなりと認識できるようになります。そのためには、実際に何度も何度も骨格と筋肉を触って「からだで覚える」ようになる必要があります。