鼡径部と全身の循環

全身循環の中での鼡径部

 からだの循環(動脈・静脈・リンパの流れ)を考えるとき、「流れにくいところ(隘路)」として最初に着目すべき部位が2箇所あります。

 一つは鎖骨と第1肋骨の隙間で、鎖骨下静脈が通っているところです。そしてもう一つは鼡径部です。
 鼡径部は股関節の前面にありますが、骨盤と鼡径靱帯(恥骨と腸骨の上前腸骨棘を結んでいる)の間に狭い隙間があります。(=大腿三角)
 この狭い隙間の中に大腿動脈、大腿静脈、リンパ管が通過して体幹と下肢との循環をつないでいます。さらに鼡径部の隙間には腸骨筋と大腰筋も通っていますし、すぐ側には恥骨筋、長内転筋がありますので、それら筋肉が変調を起こしますと、その影響を受けやすいという弱点を持っています。

 筋肉はこわばると太く、硬くなるという性質を持っています。腰痛や座り続けることなどの影響で腸骨筋や大腰筋がこわばりますと、動脈・静脈・リンパ管は太く硬くなった筋肉によって圧迫されることになりますので、流れが悪くなり、下肢の冷えやシビレ(動脈血不足)、むくみ(静脈とリンパの循環不良)などの症状が現れる可能性があります。
 また、歩き方や立ち方が悪かったり、座っているときに内股に力が入る癖を持っている人などは、その影響で恥骨筋や長内転筋が慢性的にこわばっていますが、それによって鼡径部の流れが悪くなっているという状況もあります。

鼡径部のリンパ管とリンパ節

 鼡径部のリンパ管とリンパ節は動脈、静脈に絡みつくように存在しています。
 リンパ節は炎症を起こして腫れや痛みをともなうことがありますが、それは細菌やウイルス、真菌、寄生虫などといった病原体に感染することが原因で起こります。このリンパ節の炎症は、一般的には病原体が全身各所に広がらないように起こっています。リンパ節が病原体を戦っているサインであるとも考えられます。

鼡径部の腫れの見極め

 一般的な傾向として、男性に比べて女性は鼡径部が腫れて流れが悪くなりやすいようです。その原因は筋肉の変調や骨格の歪み、あるいはリンパ節の腫れによるものと考えられますが、原因の別に限らず、体幹と下肢との間の循環が良くないことを現しています。
 ですから、鼡径部の腫れや腫れぼったさは積極的に解消する必要があります。そして、そのための施術を行うときには、原因を正確に見極めないと効果を期待することはできませんので、以下の点をしっかり頭に入れておくことが大切です。

鼡径部の腫れの原因として考えられるもの

①筋肉の変調‥‥腸骨筋、大腰筋、恥骨筋、長内転筋など
②骨格の歪み‥‥腸骨、恥骨、大腿骨などの関係
③リンパ節の炎症‥‥基本的に病院での取り扱い

鎖骨下静脈と鼡径部(大腿静脈とリンパ)の流れの関係

 血液循環には動脈と静脈があります。からだの深部では動脈と静脈と神経は同じルートを伴行して進みますが、上肢と下肢と体表では違った様相を呈します。

 動脈は心臓を出発点として、そのポンプ力によって血液が全身に巡る流れ方をしますので、上大動脈と下大動脈は役割分担はハッキリしていると言えます。上大動脈は頭部と上肢および体壁に血液を供給し、下大動脈は内臓と下肢に血液を供給するといった具合に役割分担があります。
 静脈も通常は動脈と同じような役割分担で血液を回収しますが、「流れが停滞する」といった状況になったときには様相が変わるようです。たとえば鼡径部での静脈の流れが停滞した場合は、下半身の静脈は鼡径部内部を通らないルート(浅腹壁静脈・浅腸骨回旋静脈・胸腹壁静脈など)を経由して上半身に上り、鎖骨下静脈に合流して上から心臓に戻るような現象が起こるようです。

 すると、鎖骨下静脈に多くの静脈血が集まることになりますが、鎖骨と第1肋骨の関係が芳しくなく鎖骨下静脈の流れも弱かったりする場合には、全身的に静脈血とリンパの流れが停滞することになります。(全身のリンパは最終的に鎖骨下静脈に合流するため)
 
 足や下腿(ふくらはぎ)のむくみが強い場合は、その要因として鼡径部の停滞が考えられますが、鎖骨下静脈の流れを整えることで、全身的に循環が回復してむくみが軽減する現象が起こります。鼡径部の停滞であるにも関わらず、鎖骨下静脈を整えることが有効になるのです。
 ですから、下半身にむくみがあった場合の施術としては、まず最初に鎖骨下静脈を整え、その上で鼡径部の流れを改善するための施術を行う方が効率的であると思われます。

鼡径部の流れに関係する筋肉

腸骨筋
 腸骨筋は股関節を屈曲する筋肉ですから、座り続ける時間が長くなりますとこわばる可能性が高まります。
 また、腸骨と大腿骨小転子を結んでいますので、骨盤(腸骨)が歪んだり大腿骨の位置がおかしくなるとこわばります。
 筋連動としては、上方では小胸筋と小菱形筋、下方では薄筋、短母趾屈筋と連動します。
 また、長趾屈筋がこわばっていると薄筋がこわばり、連動して腸骨筋がこわばるという現象は頻繁に起こっています。

大腰筋
 大腰筋は腰椎に前弯をもたらす筋肉です。ですから、腰椎の前弯が消失している人は変調している可能性があります。
 また、腸骨筋同様大腿骨小転子に停止していますので、大腿骨の状態によって変調を起こします。
 筋連動としては、上方では大菱形筋と、下方では大内転筋と連動します。また、足の4趾5趾間の骨間筋とも関係します。

 腸骨筋と大腰筋は拮抗関係になる場合が多いので、小菱形筋と大菱形筋、薄筋と大内転筋の状況などを観察しながら施術方針を決めるのが良いでしょう。

長内転筋
 長内転筋がこわばっている人はたくさんいます。つまり、長内転筋がこわばる理由はたくあんあるということです。
 立位での重心が小趾側にある人は、歩行時、母趾を捻るようにして地面を蹴りますが、その影響で母指外転筋がこわばります。母趾外転筋は後脛骨筋と長内転筋に連動しますので、長内転筋がこわばる現象が起こります。

 また、長趾屈筋がこわばっている場合、長内転筋がこわばっていることも多いのですが、両方の筋肉とも腱が足の内果直下を通過していることと、あるいは踵内側がこわばっていることと関係があるかもしれません。
 デスクワークなどで椅子に座ったときに骨盤に身を任せて座ることができない人がかなりいますが、そのような人達は自覚はありませんが長内転筋や薄筋などに力を入れて座ってしまいます。そして長内転筋がこわばってしまいます。このような場合は、直接長内転筋をゆるめる施術を行う必要があります。

 また、長内転筋は上方では内腹斜筋、上腕筋と連動し、手の母指内転筋と連動します。母指内転筋は母趾中手骨、示指中手骨、3指中手骨と関係しますので、手指が不安定なことで母指内転筋がこわばり、それが長内転筋のこわばりに繋がっているという場合もあります。
 さらに、長内転筋と外側広筋は拮抗関係になりますので、外側広筋がゆるんでいるときには長内転筋がこわばってしまうということも起こります。それは外側広筋と連動する前脛骨筋と長内転筋と連動する後脛骨筋の関係にもあてはまりますが、足の内側縦アーチの機能に関係します。(長内転筋のこわばっている人は後脛骨筋がこわばるため舟状骨が持ち上がり、一見ハイアーチのような形に見えますが、それはアーチのクッションとしての役割が果たせない状況なので良いことではありません。)

恥骨筋
 恥骨筋は小さな筋肉ですが、股関節の安定に関わる大切な筋肉です。大腿四頭筋の中間広筋と連動関係にありますが、「からだの芯の力」を表す筋肉でもあります。
 腸骨筋や大腰筋同様、股関節で大腿骨が不安定な状態になりますとこわばります。また中間広筋と連動していますので、膝関節が不安定になってもこわばります。さらに、足では短趾伸筋と関係が深いです。
 「からだの芯の力」という意味では、手の環指(薬指)と関係しますので、恥骨筋がこわばっている場合、薬指の第一関節付近やツボ(井穴)である関衝を施術すると効果的な場合もあります。

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