顔面(頭蓋)の歪みに関係する筋肉と施術(2)

 頭蓋骨を整える施術工程において、頭蓋骨以外からの影響を軽減した後は、顔面・頭部内で完結する筋肉を整える工程に進みます。
 その対象は主にそしゃく筋と表情筋になりますが、これらの筋肉、あるいは顔面頭部の皮下筋膜は日常生活での癖によって変調を起こしている場合がほとんです。ですから、施術と同時に、癖を改善するための施術やアドバイスが必要になります。

(1)そしゃく筋

 私たちは脊椎動物の中の哺乳動物に分類されます。
 脊椎動物の最大の特徴は背骨があることです。そして、その最初の現れである「魚」の特徴は水中で尾を振りながら游ぎ続けることで、体内の血液やエネルギー循環を保っていることです。これを現代の私たちに置きかえて考えますと、游ぐこと=歩行です。ですから、私たちにとって歩行は体内循環を保ち、生理現象を正常に保つ上でとても大切であると考えることができます。
 また、哺乳動物とその前の爬虫類との違いは、そしゃくすることにあります。たとえば爬虫類である蛇は、獲物をそしゃくすることなく丸呑みします。そして体内の消化管(胃)の中でじっくりと呑み込んだ物を分解していきます。ところが哺乳類は違います。牛は口の中に入れた草を奥歯で一生懸命そしゃくして、唾液と混ぜてドロドロになった食塊にして胃の中に送ります。それは私たち人間も同じです。ですから、哺乳動物はそしゃくすることが特徴であり、そしゃくしなければ健康を保つことができなくなってしまうと考えることができます。

 少し昔、私たちの親や祖父母たちの世代では、「人間、噛めなくなったら‥‥」「人間、歩けなくなったら‥‥」とよく言っていたものです。
 そして老化の象徴として「歯が抜ける」=噛めなくなる、「足が弱くなる」=歩けなくなる、というのがありますが、その結果として生命力が乏しくなっていき、「耳が遠くなる」という現象が起こります。
 ですから、高齢になっても健康を保ちたいと考えるなら、「よく噛むこと」と「よく歩くこと」はとても大切なことです。

側頭筋
  • 起始:側頭骨の側頭面前部および側頭筋膜の内面から起こり、下前方に向かって集まる。
  • 停止:下顎骨の筋突起、下顎枝(その内側まで)
  • 作用:下顎を挙上し、かつそれを後方に引く。
     (顎を閉じる。顎を後方および外側に動かす。側頭部と下顎骨をつなぐ)

 側頭筋は側頭骨だけでなく側頭筋膜を介して前頭骨、頭頂骨、蝶形骨に繋がっていますので、それらを総合的に捉えて考える必要があります。

咬筋(頬骨弓)
  • 起始:浅部―頬骨弓の前部および中部から起こり、後方のものは前下方へ斜めに向かう。
       深部―頬骨弓の中部および後部ならびに内面から起こり、ほとんど垂直に下る。
  • 停止:下顎枝および下顎角の外面で、浅部は咬筋粗面の下部、深部はその上部
  • 作用:下顎を挙上する。

内側翼突筋
  • 起始:蝶形骨の翼状突起後面の翼突窩から起こり、後下方に走る。
  • 停止:下顎骨内面の翼突粗面
  • 作用:下顎を挙上し、かつ反対側に引く。

外側翼突筋
  • 起始:上頭:蝶形骨の側頭下稜、蝶形骨大翼の側頭下面。
       下頭:(翼状突起の)外側板の外面、上顎結節から起こり、後方に向かう。
  • 停止:下顎骨の関節突起、関節包、関節円板
  • 作用:下顎頭を前方に引く。一側だけ働くと下顎骨の前部は反対側に動き、両側が働くと下顎骨全体が前方に働き、あるいは両側の下顎骨が前方に動いて口を開く。

そしゃく筋の変調

 そしゃく筋の状態は「噛み方が足りないとか、偏った噛み方をしている」など「噛み方」を反映しますが、同時に噛み方に影響を及ぼす原因にもなります。

 例えば噛み方の足りない人は、そしゃく筋の停止部付近がゆるみ過ぎの状態になります。咬筋で説明しますと、エラ(下顎角)付近の咬筋がゆるみ過ぎの状態になります。
 あるいは、右側ばかりで噛んでいる片噛み癖の人は、左側の咬筋や側頭筋及び内側翼突筋はゆるんだ状態になります。
 あるいは食いしばりや噛みしめの癖を反映してこわばった状態になりますが、それは咬筋の起始部付近に顕著に現れます。

 咬筋の起始は側頭骨の頬骨弓になりますが、その部分がまるで骨のようにカチカチに硬くなっている人がいますが、それは食いしばりや噛みしめの癖を反映しているといえます。側頭筋も起始部がこわばっていますので、頭痛や片頭痛を発症する可能性が高まります。

 内側翼突筋と外側翼突筋はアプローチの難しい筋肉ですが、連動する筋肉を観察して変調を把握するための参考にすることができます。

 内側翼突筋は中斜角筋および胸鎖乳突筋の胸骨頭と連動し、外側翼突筋は教唆乳頭筋の鎖骨頭と連動していると思われます。ですから、胸郭(胸骨と肋骨)と鎖骨の在り方はこれら二つの筋肉の状態に影響を及ぼしますが、それが間接的に咬筋と側頭筋に影響を及ぼすとう現象をもたらします。そして、その反対もあります。
 例えば、噛みしめの癖によって咬筋と側頭筋がこわばりますと、本来に比べて下顎骨が上(起始部)に近づきます。すると内側翼突筋は筋長が少し余った状況になりますので、ゆるみ過ぎの状態になります。それによって連動する中斜角筋と胸鎖乳突筋がゆるんで、胸郭が下がり、前斜角筋と後斜角筋、そして小胸筋がこわばり、その影響がからだに及ぶという現象がおこります。
 さらに、内側翼突筋がゆるみ過ぎの状態になったことから、そしゃく力が弱くなり、「しっかり噛むことができない」「噛むと痛い」という症状をもたらすかもしれません。

そしゃく筋と頭蓋骨の歪み

1)片噛み癖による影響

 たとえば右側ばかりでそしゃくしている片噛み癖の人は、右側の側頭筋と咬筋、内側翼突筋がこわばって筋長が少し短くなります。すると右の顎関節が狭まって詰まったような状態になりますが、下顎骨も右側に引っ張られるようになります。
 そうなりますと、左顎関節で下顎骨と側頭骨の間隔が少し拡がった状態になりますので、左側の咬筋、側頭筋、内側翼突筋はこわばった状態になります。
 つまり、顎先は右側に捻れ、右耳周辺がとても硬くなりますが、口を閉じたり開いたりする動作では、左顎関節の方に異常が現れるといった現象も起こる可能性があります。

2)歯ぎしり・食いしばり・噛みしめなどの癖による影響

 今日、噛みしめの癖を持っている人はたくさんいます。精神的余裕の無さや、ストレスなども原因になりますが、からだからの影響で歯ぎしりや噛みしめ癖になっている人もいます。
 このような人たちは、単純に考えますと、本来より下顎骨が上顎骨や側頭骨に近づいています。ですから、力を抜いてリラックスしても奥歯が上下で噛み合った状態になってしまいます。(本来は口は閉じても奥歯は離れているのが正しい状態)
 この状態はすでに頭蓋骨が歪んで状態でもありますが、噛みしめ癖は顎先のオトガイ筋も収縮させますので、オトガイ舌骨筋などもこわばり、下顎骨や舌骨が前方に引っ張られる状態になります。ですから頭蓋骨の歪みとしましては反対咬合になりやすい状況になりますし、舌骨の位置も狂ってきますので、喉の状態や呼吸、発声などに悪影響が出る可能性があります。

3)蝶形骨とそしゃく筋

 頭蓋骨の中で脳は蝶形骨(ちょうけいこつ)を台座としています。ですから、脳の働きにおいて蝶形骨の状態は重要になってきます。
 蝶形骨と直接関係している筋肉は内側翼突筋と外側翼突筋ですが、骨連動の関係で後頭骨の状態も大切です。
 上記で説明しましたように、内側翼突筋は胸鎖乳突筋胸骨頭と中斜角筋、外側翼突筋は胸鎖乳突筋鎖骨頭と関係がありますので、これらも含めて頭蓋骨を整える上で蝶形骨に関係する筋肉と骨格を整えることは重要です。

参照:蝶形骨の歪みに関係する骨格と筋肉

(2)表情筋

 解剖学的に、表情筋は内臓の筋肉(腸管)が表に飛び出して皮膚を被った存在であると考えられています。ですから、私たちは「顔色が優れないので胃が悪いのかな?」「顔がどす黒いから、肝臓が悪いんじゃないの?」などと「顔色」(表情筋の状態)を観察して内臓の状態を推し測ろうとしたりします。
 笑ったり、怒ったり、喜んだりする私たちの感情表現は、たくさんある表情筋の総合的な働きによって表に現すことができます。ですから、人間同士のコミュニケーションを豊かにするために表情筋はとても重要です。
 かつて私は顔面神経麻痺になって顔の左側の表情筋が動かせない状態になったことがありましたが、喋りや飲食にも苦労しますが、顔が表情をつくれないという不自由さを経験しました。人として満足に暮らすためには、表情筋の状態がいかに大切かを知りました。

1)顔の歪みに関係する表情筋

 表情筋は基本的に骨と皮膚、あるいは筋膜と皮膚をつないでいるものですから、直に骨格に影響を及ぼすといった存在ではありません。ところが、いつかの表情筋は強くこわばることで顔面の骨格を歪める原因になります。

 私たちの眼の下は膨らんでいますが、それは眼窩(眼の入っている穴)の縁であり、骨で申しますと上顎骨と頬骨になります。その膨らみの下半分の部分が硬くなっている人が多いのですが、それは骨ではなく筋肉がこわばってしまったものです。
 上唇鼻翼筋、上唇挙筋、小頬骨筋あたりになりますが、これらの筋肉がこわばりますと、結果として眼窩(上顎骨と頬骨)を下に引き下げてしまいます。そうなりますと鼻骨も引っ張られて下がってしまいますが、前頭骨も下方に引っ張られることになり、頭蓋骨全体が歪んでしまいます。
 ですから、顔の骨格を整える工程の最終段階は、これらの表情筋のこわばりを改善して、顔を引き下げてしまう要因を除去することになります。
 眼の下の「くま」が気になるとか、ドライアイなどの問題に対しても、この作業は効果が期待できます。

(3)歯茎の問題

 歯茎、特に上の歯茎の状態は顔の骨格に影響を及ぼします。
 上の歯茎は上顎骨の一部であると私は考えていますが、この歯茎がゆるんだ状態になっていますと、上顎骨は下がってしまいます。
 抜歯や歯根治療などによって歯茎が弱くなり、歯列がしっかりしていないと感じてしまう人はたくさんいます。
 そして歯列矯正で抜歯をしたり歯列を強制的に変化させた人のほとんどは歯茎が弱い状態だと思います。
 このような人は、毎日歯茎を触るケアをして欲しいと思っています。
 顔の外側からでよいですから、歯茎全体に指先をあてて血液循環を促し、歯茎がしっかり歯根を抱え込んで、少々歯を揺らしてもカシッとして動じない、そんな状態にしていただきたいと考えます。
 毎日、就寝時ベッドに入って5分は歯茎ケアの時間にあてる。あるいは、朝目覚めたら布団の中で5分程度歯茎ケアをしてから起き上がるような、そういう習慣にしていただきたいと思います。

 体調が良くてエネルギーの巡りが良ければ、歯茎の弱さはさほど影響を及ぼすことはないかもしれません。しかし体調を崩すなど、エネルギー不足や循環不良の状態になりますと、まず確実に歯茎はゆるんでしまい、上顎骨は下がってしまうことでしょう。すると鼻も下がりますので、鼻呼吸がしづらくなったり、副鼻腔に問題が生じたりするかもしれません。あるいは、「虫歯でもないのに歯が痛い」といった状態になるかもしれません。

 そして残念ながら、抜歯や歯根治療、あるいはインプラントなどで弱まってしまった歯茎は、自然に回復することは難しいと思います。ですから、毎日ケアすることが必要になってきます。

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